この建物は、大正11年(1922年)に計画され、昭和3年に竣工した旧宇都宮商工会議所建物正面の一部です。
オリジナルの建物は、宇都宮商工会議所創立30周年を迎えた大正11(1922)年に所舎の新築が決議され、栃木県技師・宇都宮工業学校(現:栃木県立宇都宮工業高等学校)の初代校長であった安美賀(やす みよし 1885~1953)氏の設計により、昭和3(1928)年に竣工しました。
当時の旧商工会議所は、外壁に旧帝国ホテルを設計した建築家のフランク・ロイド・ライト(1867~1953)の影響を受けたと思われる、幾何学的な装飾が施されており、正面玄関にはポーチと呼ばれる車寄せを配置した重厚な大谷石建築として注目されていました。
昭和54(1979)年に県救急救命センター(旧済生会病院)建築計画の着工に伴い取り壊されてしまいましたが、中央公園建設工事の終盤に行われた「子供広場」の整備と並行して復元工事が行われ、正面玄関と特徴的な装飾がなされている遺構が昭和60(1985)年に復元されました。